なぜ中原先生と井庭先生の対談が面白いと思うのか?

まず、お二人について勝手ながら簡単に僕の知っている知識で紹介させてください。

中原先生は、主に企業・組織における学習やコミュニケーションについて研究されている方です。
私が最初に中原先生を知ったのは、リフレクティブ・マネージャーからでした。
その後、"職場学習論"や"知がめぐり、人がつながる場のデザイン"という本も書かれています。
Lerning Bar は、不定期に開催されており、中原先生のサイト
(http://www.nakahara-lab.net/learningbar.html)
から確認することができます(現在、次回の開催の予定はないとのこと)。
ちなみに、中原先生は、だいぶ子煩悩。
TAKUZO くんが大きくなるのが follower にとっての楽しみだったりします。

井庭先生は、主に複雑系からパタンについて研究されている方です。
個人的には昔お世話になった「複雑系入門」の著者の一人でもあります。
現在、井庭先生は新しい方法・道具をつくりながら、「学び」や「創造性」の支援を
行なう研究に従事されています。また、授業を通して新しいパタンを見つける
ということもされています。授業の内容は、iTunes U から無料で見れます。
2009 年 SFC 構内で「Lerning Patterns」という小冊子を配布し話題となります。
井庭先生は、精力的に様々な方との対談をされています。
井庭先生が複雑系からパタンに至る道を、どのように考えられているのかについては
ここ ( http://www.nakahara-lab.net/learningbar.html ) をご覧になってください。

このお二人に共通するものは「学び」です。

「学び」とは、僕にとっては情報共有です。
いかに複雑な情報や知見を共有するか?
そして、様々な経験を素に新しい"なにか"をつくっていくのか?
僕は、世界がより身近な存在となっているが、そこでの情報共有が
うまくいっているとは到底思えません。
もし情報共有がうまくいっていれば、
・簡単に近くの国の人達と仲良くなれるのではないでしょうか。
・他の企業と一緒に切磋琢磨していけるのではないでしょうか。
・戦争なんて起こらないのではないでしょうか。
でも上手くいきません。
コンテキストの違いがあるからかも知れません。
生まれた頃から信じていたものの違いがあるかも知れません。

僕らはあまり学ぼうとせず、自分の信じた道を歩いていると僕は考えています。
僕らは情報が多々ある中で、どのように考え、行動していったらよいか?
そのヒントが、お二人の対談から生まれるのではないかと考えています。
もしお二人の対談を見れば、ほんの少しの未来を垣間見ることができると思います。
僕はこの対談は歴史に残る対談になるんじゃないかと勝手に思ってます。

中原 淳 × 井庭 崇 対談「学びと創造の場づくり」
7月9日(土)3・4限(13:00〜16:15) @慶應義塾大学SFC大学院棟 τ11教室にて
http://web.sfc.keio.ac.jp/~iba/sb/log/eid249.html